エドワード・S・カーティス 心地よい空間へ
感性、 ではない
ギャラリーへ
ムードを選ぶだけで、空間がそれに応えます。光は冷たさや温もりを帯び、空気の流れが変わり、その感情を宿した作品だけが暗闇の中から浮かび上がります。それ以外のすべては、影の中へと退いていくのです。
エドワード・S・カーティス
幼少期と写真家としての黎明期 生年月日:1868年2月16日、ウィスコンシン州ホワイトウォーター 両親:アサヘル・“ジョンソン”・カーティス(牧師、農夫、南北戦争退役軍人)およびエレン・シェリフ 兄弟:ラファエル、エドワード、エヴァ、アサヘル・カーティス 父の苦難による幼少期の困窮により、家族はミネソタ州へと移住することとなりました。 小学6年生で学校を退学しましたが、早くから写真への強い関心を示し、自らカメラを製作するほどでした。 1885年、ミネソタ州セントポールにて写真師としての修行を開始しました。 1887年にはワシントン州シアトルへ移住し、写真スタジオを設立。当初はラスムス・ロティ、後にトーマス・ガプティルと提携して活動を展開しました。 北米インディアン・プロジェクト 原点:プリンセス・アンジェリン(キキソムロ)をはじめとする先住民の初期の肖像画に触発され、カーティスはアメリカ西部の先住民族の文化と伝統を記録するという
、壮大なプロジェクトへと乗り出しました。 資金調達:1906年、J.P.モルガンから7万5千ドルの資金を獲得。これにより、約1,500枚の写真を用いた全20巻のシリーズ制作が可能となりました。その見返りとして、モルガンには25セットの作品と500枚のオリジナルプリントが約束されていました。 規模:このプロジェクトは単なる肖像画の収集に留まらず、伝統的な衣服、住居、儀式、食文化、娯楽、そして口承史といった民族学的な詳細を捉えることを目的としていました。カーティスは先住民の言語や音楽をワックス・シリンダー(蝋管)に1万件以上も記録し、80以上の部族から4万枚を超える写真画像を収めました。 チーム:ウィリアム・E・マイヤーズ(執筆)、ビル・フィリップス(ロジスティクス)、フレデリック・ウェッブ・ホッジ(人類学者兼編集者)らによる専門的なチームを編成しました。 出版:当初は5年間の計画でしたが、プロジェクトは20年以上にわたり継続され、最終的に222セットも…